森の中のゴリラのように@一七六八日目

 2011-04-13
『回想』 再開→『回想Ⅱ』に入ります

ヒトの命が安息に生き、死に行ける世界を現すもの、
それは高貴な何かを求め、為そうとする信念の力です。
(出典 『聖戦士ダンバイン』 第35話)

そして、ヒトの先天的素質や個人的能力は、
一瞬の快哉や稚拙な興奮の為だけに浪費してはならず、
他者の善意を継承する礎としなければ、
歴史は我々の前に「愚行の堆積物」という姿しか見せない。
発進
・・・平成10年(1998年)9月11日午前8時46分
宮城県名取市植松錦田の(株)カメイ仙台空港SSにて、
某盆地からR48を県境越え、渋滞した仙台市内を横断してR4を南下した私は、
単価105円シェルプレミアム5.9L という納品書を受け取っていました。

ここからH(県道)20を西へ、H10に右折し海沿いを意識すると、
阿武隈川を渡った先でH38に左折、JR常磐線を右手に宮城から福島県、
松川浦手前の相馬港までは殆ど迷わず有料道路並みの環境で走り抜けられるのです。

空港の近くから始まる秘密の道程、隠された隘路、通勤車輌の行列に逆行する朝、
不愉快な昭和の擂り鉢から出た「外の世界」という山と海の間にも、
幼い自分が蟠っていた場所と同じような風景-
何かが通り過ぎた後は靴音しか跳ね返って来ない集落は幾つも連なって感じられました。

そこに住むヒトにとっての「全て」が存在する筈の都、
それは絶えざる起点と見做せば離陸する為の「数秒」で、
着点と決め座していれば「動き去った物体」は一瞬の何か・・・

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儀式と称され結局は@一七七〇日目

 2011-04-15
『回想』 再開→『回想Ⅱ』に入ります

そこに住むヒトにとっての「全て」が存在する筈の都、
それは絶えざる起点と見做せば離陸する為の「数秒」で、
着点と決め座していれば「動き去った物体」は一瞬の何かに過ぎないから、
それぞれの行為の舞台背景に理由や意味を浮かび上がらせず、
大抵は当座の目的を可能にする性能だけを求め、
実在の空間に対して「遊園地内居住という幻想」を抱き続ける。

この朝、自分に悪夢を観させる装置の影響を遮断し、
峠と市街地を後にした「80㎞」と「1時間」へ、
次の給油ポイント-福島県双葉郡双葉町新山字下条71梅田商店シェルまでの、
「100㎞」と「1時間」を繋ぐ個人的体験の前では、
意識すべき善悪や貴賤など判読できない交通標識のようなモノでした。
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2年後の今日の事とか判らん@一七七一日目

 2011-04-16
『回想』 再開→『回想Ⅱ』に入ります

次の給油ポイント-福島県双葉郡双葉町新山字下条71梅田商店シェルまでの、
「100㎞」と「1時間」を繋ぐ個人的体験の前では、
意識すべき善悪や貴賤など判読できない交通標識のようなモノでした。


しかし、この日の復路は、
野卑な夢想を忘れさせる地平に向かっていたのは間違い無く、
H(県道)38号線がトンネル内の電光掲示程には劇的な県境を示さないと、
福島県相馬市の松川浦大橋から鵜ノ尾岬トンネルこそが、
「外の世界」の更に外へと意識をリープする為の境界となったのです。

水遊びの季節が終わった松川浦と太平洋を貫く空と海の間には、
波の動きや音、磯臭い風、揚力を得た鳥の姿さえ捉えられず、
H74に合流する直前の信号でタコメーターが10%を指した時・・・
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鋼の機体、野心を乗せて@一七七三日目

 2011-04-18
『回想』 再開→『回想Ⅱ』に入ります

整備007
水遊びの季節が終わった松川浦と太平洋を貫く空と海の間には、
波の動きや音、磯臭い風、揚力を得た鳥の姿さえ捉えられず、

H74に合流する直前の赤信号でエンジン回転が10%に落ちた時ですら、
一瞬に全てを鳥瞰したかのような意識が前傾した頭蓋へと舞い戻るまで、
焦げたカストロールの香りと、乾式クラッチの金属音、
そして、第三京浜道路や西湘バイパスでは得られない波長の耳鳴りが、
長く埋められなかった空隙を予め備わった器官の如く循環していました。

その器官が、そう稼働する筈だった事を知らずに居られた理由、
これ以後、それを休まず機能させ続けなければならない意味、
ひとつの決意と洞察を伴う思考はリープした感覚に追い着けません。

何より今日の自らの行為の帰結にすら不遜だった頃・・・
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此処は地の果て、流されて、俺@一七七四日目

 2011-04-19
『回想』 再開→『回想Ⅱ』に入ります

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何より今日の自らの行為の帰結にすら不遜だった頃、
閉塞感に呵まれるヒトが誤解された利便性に慰められ、
小学校の指定通学路を逸脱できない生活圏に沈殿しつつ、
キッチュな観光施設のみ渡り歩きたがる類の価値観を、
自分の記憶を遡って向き合う感情の始まりへ、
対極反発させながらも重ねられるようになったのは、
この日のリープから約3年後、今から10年前の2001年の7月の事だったのです。
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いいから連れてコイズ@5-4-15日目

 2011-09-14
『回想』 再開→『回想Ⅱ』に入って再開します

おまえ達を生かしているのは、この私。
正しき道を歩めるようにと・・・
だが、おまえ達はそれを理解できぬというのか?

目に見えるものを感じずに・・・
目に見えぬものを感じられるとでも言うのか?

おまえ達にも見えているのだろう?

未来永劫、この輪廻を断ち切ることなど出来ないことを。

『斑鳩』
Final chapter
[輪廻 Metempsychosis]
ラストメッセージ
(トレジャー2001年)


その場所に、そのヒトが住んでいる、
ただそれだけの単位の集合を版図とするのは、
憧憬すら覚えない旧石器時代以前の世界観です。

一旦絶滅した生物との共存を図る為に、
歴史どころか自らの社会性すら放棄しても、
既存の文明を巻き込んでの傍迷惑な自殺に終わり、
愚かな個人の浪費の痕が残されるだけです。

今から10年前の2001年7月25日午前8時51分
最も嶮しい県境を越えて痛む右足を休ませる為に、
(有)永井屋石油店米沢中央SSにて、
単価118円シェルプレミアム8.44L という納品書を受け取っていました。

2011年5月5日の成人式にて、
震災犠牲者への黙祷を侮辱したり、
市職員への暴行容疑で現行犯逮捕されたりする輩が、
おそらく10歳だった筈の場所、
私にとってはH3を北上する為に通過していただけの町で、
その日、朝5時前から始まった走行での最後の給油をする事にしたのです・・・

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σ(^ν^) m9(^ν^) ジャンジャン♪@5-7-16日目

 2011-12-16
『回想』 再開→『回想Ⅱ』に入って再開します

私にとってはH3を北上する為に通過していただけの町で、
その日、朝5時前から始まった走行での最後の給油をする事にしたのです。


2001年5月12日の私は、
福島県白河市からR294を猪苗代湖畔に通じるH6まで北上する際、
須賀川市にてR118と合流する僅かな区間で道に迷い、
(前回2000年9月19日では須賀川市江花の集落で突き当たりを左折する筈の旧ルートを外れ、
集中力を途切れさせたままR118を東へ走り続けた挙げ句、
右足首に機能障害を残すような怪我をしていました。

http://tigershark2007.blog89.fc2.com/blog-entry-399.html
それまでの猪苗代湖から北へ県境越えをする為の、
「勾配の厳しいH2」か「高速コースのR121」という天候にだけ左右されていた事は、
「非効率な燃費で危険なH2」か「穏便に迂回するR121」という、
無謀な意地を張った敢えての選択だけを受け付けており、
2001年7月25日午前7時30分
福島県耶麻郡猪苗代町 R49沿いのSSにて、
単価110円無鉛ハイオクガソリン11.25Lという納品書を受け取った段階で、
その後の給油予定も狂うような峠越えに挑む事に決めたのは、
文字通り「視野狭窄」の結果だったのかもしれません。

最新式で無いながらも軽量で高出力なマシンを駆っていれば、
自棄と過信を廃した筈の自分を機械的に律する条件反射の他は、
振り返ってみたら稚拙極まる思い込みだけだったのでしょう。

給油地点から若干引き返してH322磐越西線の踏切を渡り、
これ以上無い程の裏道H323を檜原湖東岸へ繋がるR459へ合流させ、
エンジンの燃焼効率に悪影響を及ぼす標高のH2を下り終えた時、
過度に個人的な達成感の余韻や最大最後の挑戦を終えた感傷に浸ってみようと、
わざわざ町中の(有)永井屋石油店米沢中央SSに立ち寄ったのです・・・

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ハイスロットルの重さ@5-7-17日目

 2011-12-17
『回想』 再開→『回想Ⅱ』に入って再開します

過度に個人的な達成感の余韻や最大最後の挑戦を終えた感傷に浸ってみようと、
わざわざ町中の(有)永井屋石油店米沢中央SSに立ち寄ったのです・・・

1997年4月4日以来、使用ガソリン銘柄を ShellMobil に定め、
同年12月17日からは、そのハイオク(当時単価は¥100以下)のみ給油していた私は、
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出先の補給ポイントとして、表通りに面していない店舗を避けるようにもなっていました。
鍵を抜いた状態での万が一の盗難や損壊被害に神経質になっていたのでは無く、
1997年3月30日から日付を跨いだ31日の東北自動車道上りの後、
外の空気を忘れるようにツナギの上半身を剥き、集中を欠いて座りたくなくなっていたからです。

そんな休憩の後には、深刻なアクシデントに襲われる法則が成り立っていました。

幸いにして、2001年5月12日から痛む右足は、
腰を下ろす事よりも、横臥するか直立するかで和らげられる状態で、
猪苗代湖以北の狭隘なルート上、山間の涼しさなど全く感じられなかった全身には、
胸のファスナーを開け、冷房の効いた屋内の自販機に向かうだけでも充分な休息でした・・・

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記憶を思い出せない性@5-7-18日目

 2011-12-18
『回想』 再開→『回想Ⅱ』に入って再開します

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平成13年(2001年)7月30日午前6時58分
福島県双葉郡双葉町新山字下条71梅田商店シェルにて、
単価116円シェルプレミアム8.80L という納品書を受け取っていた私は、
その前の給油地点GHマルセキ(株)長町SSから、
約11.36㎞/Lの燃費で予定通り今日の復路の1/3以上を走り終えていました。

午前5時前にH296フルーツラインからR48へと合流し、
勾配を感じさせず中速コーナーで繋がれるようになった関山街道で県境を越え、
ブラインドコーナーばかりの作並街道を下り、
通勤時間帯の前で閑散とした大通りR4をバイパスまで抜けるのは、
ひとつの年代記を辿るような感覚が離れない区間となっていますが、
鋼鉄の腑を収めて自律する事で見知った仙台空港以南の地平は、
朝日を頂いた太平洋を境界に、他者の意志の結実が関東圏まで敷き詰められるステージでした・・・

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